この間、上野にある国立科学博物館 に行ってきました。
ちょうど危険生物の展示をやっていて、その中にサソリの説明がありました。
「毒が強いサソリほどハサミが小さく、毒が弱いサソリほどハサミが大きい」

面白いですよね。
小さいハサミのサソリは、力で獲物を押さえ込めないから毒を発達させた。
逆にハサミが大きいサソリは、力で相手を制圧できるから、毒にはそこまで頼らない。
どちらが優れているという話ではなく、「何を優先して進化したか」の違いです。
僕は人間も少し似ていると思っています。
世の中では「能力差」という言葉がよく使われます。
でも実際には、そこまで生まれついた才能の差ではないのではないかというのが僕の持論です。違いがあるとすれば、「何に脳のリソースを使ってしまうか」なのではないかと思っています。
例えば僕は、昔から“考えること”にリソースを振ってしまうタイプです。
「これをやる意味は何だろう」
「もっと楽な方法はないか」
「そもそもこのルール必要なのか」
そういうことをすぐ考えてしまう。
だから、組織の中で「つべこべ言わずに指示通り動け」が求められる環境では、正直かなりポンコツです。
一方で、パキパキ行動できる人もいます。
まず手を動かす。処理が速い。組織ではめちゃくちゃ強い。
でも、その人たちはその人たちで、立ち止まって深く考え続けることが苦手だったりする。
これは優劣ではなく、特性なんだと思います。
サソリが毒を鍛えるか、ハサミを鍛えるか。
人間も結局、限られた時間や脳の容量をどこに振るかで形が変わる。
だから大事なのは、「苦手を全部克服すること」ではなく、自分を知って、自分に合う環境を選ぶことなんじゃないかと思っています。そして大学の受験勉強なんてのも、残念なことに頭の良し悪し以上にその優先順位が影響が大きいと思っています。だから、その結果にはあまり気にする必要なんてないと思っています。
ただ、その一方で、中高生にはやはり勉強はしてほしいとも思っています。
確かに大学受験は、ある意味では“学問の名前を借りたゲーム”です。
限られた範囲で、比較しやすい形にして選抜している側面は否定できません。
そのゲームとの相性が良い人もいれば、悪い人もいる。
でも、義務教育で学ぶ「教養」は別です。
理科を知る。
歴史を知る。
数学を知る。
1を知っているより3を知っているほうがいい。
8を知っているより10を知っているほうがいい。
知識や教養は、大人になったときに、自分の人生を選ぶための材料になります。
特に数学です。僕が公立中学生をメインに教えている理由もそこにあります。
大学受験をする人にとっても、しない人にとっても、中学数学は大切だと思っています。
受験のためじゃない。教養としての数学です。
あと、帰りにアメ横で食べたメンチカツがおいしすぎてびっくりしました。
結局そういうのが一番幸せだったりします。



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