私立無償化だって

全国の私立高校が実質的に無償化されることがほぼ決定しています。
結構、賛否が多くて僕と同じ教員コミュニティーでもかなり意見が分かれます。主な反対意見は
①「私立に行く人なんか金持ちが多いんだから、無償化しなくてもいいだろ」
②「公立は金銭面で強みがあるのだから、それがなくなったら公立の魅力がなくなってしまう」
ですかね。

①私立に行く人はお金持ちが多い。
僕は3つの高校で勤務したことがあります。1つは東京の中高一貫校のバリバリ進学校、2つはそこまで学力の高くはない高校です。中高一貫校の進学校はまあ確かにお金持ちが多かったです。医者、大手役員、中小のオーナー社長など。それなりの私立中学に入るためには、中学受験専門塾などの多額なお金がかかるわけですから、確かに金持ちは多いです。特に国際系の学校ですから帰国子女も多いですし。
しかし、他の2校は高校からの生徒が多く、中学は公立出身という生徒が多い学校です。公立を希望していたが落ちてしまい、親に申し訳なさそうに通っている生徒もいました。自分が育った相模原の公立中では私立専願の生徒は超優秀な生徒か行ける公立がないという生徒に二極化していました。塾を開いてからもそういう生徒は見てきました。まだ未成年である中学生にとって、進路選択にあたって金銭面を勘定に入れて選ばないでほしいですし、そこは税金として投入してもいいのでは?と思います。大学や専門学校と違い、高校は約99%が通い義務教育ではないにしてもよほどの理由がない限り行く準義務教育と同じような立ち位置になっています。本来は受験に落ちたという経験自体はそこまで悪いものではなく次の壁を超える燃料になりますが、私立に通って親への金銭的な負担として負い目がある生徒はかわいそうだなと思ってしまいます。「公立に行けないのは勉強していない自己責任だ!」という意見もありますが、彼らは未成年ですからね。これからの社会を担う彼らに投資するのは、今の社会を生きる人の義務かと。

②公立に魅力がない
無償化の賛否として公立の教員は「私立無償化やられたら、公立の人気が落ちてしまうのではないか?」という意見が見られます。実際に私立無償化を先立って行った大阪では公立高校の倍率が落ちており公立校の定員割れの学校も増えてきていますね。

「だからなに」というのが僕の意見です。

そもそも公立高校に魅力がないのは別の問題です。私立高校では生徒を呼び込むために満足度を上げるような実践を数多く行っている学校がありますが、公立は問題が起こらない程度に上から降りてきたタスクをこなし問題が起こらないことが上位の目的です。結果が出なくても組織がなくなることはありません。

「安いことが魅力の下駄がなくなっただけで生徒が集まらないような学校はどんどん潰せばいいなじゃない?」

需要がなくなって、存在が消えたものだってあります。僕が小さい時祖父の家に行くと毎朝牛乳ビンが配達されていましたが、今はそんな仕事はありませんよね?そんなものは世の中にはたくさんあります。公立の教育を発達させたいのであれば、地方公共団体が公立にしか出来ないような魅力のある学校作りをすれば良くて、さらに学校長にも人事権はありませんがその学校の教育課程を決める権利はあります。世の中には特色のない「普通の学校」が多いように思います。公立でも音楽科とかスポーツ科とか商業科とか特色がある学校は、通う生徒からきくと面白い話を聞きますが、普通科の高校はHPを見ても何が特色なのかもよく分かりません。普通科に通う生徒はほとんどは偏差値で高校を決めます。こんなたくさんあるんだからもっと特色のある学校を増やせば良いのになあ。

一方で大学費用も…という話もありますが、、、
こちらは反対です。圧倒的に反対です。世の中には無駄なものにコストをかける必要がないからです。高校無償化に賛成なのは彼らが未成年だからですが、大学受験生はみな成人です。学費のかからないような学校に入る学力がないのも、奨学金として背負っていくのも自己責任です。

人口が大幅に減ったのに大学の定員は変わらないので、今では名前さえ書けば誰でも受かるような大学はたくさんあります。そこ(いわゆるFラン大学)では「先生は教えているフリ、生徒は受けているフリ」という空虚な授業で4年という時間と500万というお金を引き換えに、大卒という経歴を売買しているものだと感じています。
これに関して言えば僕が思っているだけでなく塾業界のコミュニティーではそういう実態を知っている講師が多く、大学無償化に賛成している人はかなり少数派なのです。Fラン大学というのは構造にかなり問題があります。ここに投資をすることでFランに通う生徒が増えて、無駄に時間を費やす生徒を無駄にお金をかけて増やすことになってしまいます。

そもそも僕は「何としてでも、どこでもいいから四年制大学へ」という考えはナンセンスだと思っています。確かにひと昔まえは大卒一括採用からの終身雇用が当たり前の時代がありました。しかし今の世の中はスキル重視で職を転々とするような時代に変わりました。自分がいる会社もいつまで存続しているかもどんな時代になるかもわからず、頼りになるのは自分のスキルだけという時代です。大卒資格がある程度の保険がきくという考えも一定の理解はできますが、表面上の経歴や属する会社に依存するほうがよっぽどリスキーだと思います。スキルさえあれば、転職だって、起業だって、別の業界を見つけることだってでき、選択肢は無限に広がります。僕は安定と退屈→自由と自己責任という昭和→令和という時代変化は好ましく思っています。

大学に通っていましたという経歴の価値はこれからどんどん目減りしていくことでしょう。中途半端な大学に入るぐらいでしたら、やることが決まっているなら熱心な専門学校に入ったほうがよっぽどいいというのが持論です。僕も実は大学を辞めようとした時期がありまして、教員の資格を取りたいと思っていなければ辞めていたかもしれません。それなりの大学の授業ですら自分にとって有意義な勉強になるとは感じませんでした。別に高卒だってプログラマーとして働きながら腕を磨いて独立するのも、会計事務所に属しながら税理士資格の勉強することだって出来ます。それこそ塾を開くことだって高卒でもできます。10代後半という貴重な時期の4年間と500万という価値は凄まじく大きいものだと考えています。言葉で説明するのは難しいですが、大学にのんびり通う大学生はその重みはわかっていない学生が多いように思います。僕もそうでした。

日本の「とりあえず大学へ」という風潮が強いように感じますが、僕は高校→就職なども悪くないと思っています。一度、社会を経験しなければ本当に自分がやりたいことや社会に対する広い知見など身につかないものだと思っていますから、大学に入りたくなったらそのとき入るというのも悪くないのでは?と思っていて、高校→就職→大学の知り合いなんかはいま結構活躍している人も多いですね。学校の先生も高校→大学→教員とトントンと進んできた人が多いので、その環境での進路教育では、同じようなものになりがちだと思います。

とはいえね
もし費用が捻出できない家庭から何としても大学へ行きたいとなれば奨学金を借りる必要があります。名前的に給付してくれそうですがただの借金です。これの負担は20代かなり大きいと思います。せっかく大卒で入った会社でも年齢ゆえに低賃金でしかもらえず増大した社会保険料を考慮すれば手取り額は大きく減ったうえに物価は上昇。幸せに投資することも難しい。これはこれで解決すべき問題であるとは強く思っています。自分が学校教員になってから初めて数学を担当した高3の生徒たちは大卒であれば、来年から社会人です。ちょっと前に飲みに行って頼もしくなっていました。7年とはいえ先に生きた人間の1人としては若い人にとってこんな苦しい社会でごめんねという罪悪感は多少持ってしまいますね。

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