塾をやっていると、はっきりと分かれる瞬間があります。
「あ、この子は算数が得意だな」
「あ、この子は数学が得意だな」
どちらも“できる子”です。でも、頭の使い方がまるで違います。
そして実は――
算数が得意な子が、必ずしも数学が得意になるわけではありません。
逆に、算数は普通だったのに、数学で一気に伸びる子もいます。算数が得意な子は、とにかく要領がいいです。
- 先生の説明を聞いて、数字を変えてもそのまま処理できる
- 「たぶんここに補助線引くんじゃないかな?」という直感が働く
- 図や表を使うのが上手い
- 計算が速くて正確
- 問題をパターンで捉えるのがうまい
いわば、
処理能力とセンスで解いていくタイプ
です。小学生のテストでは、ほぼ無双します。
でも、ここで止まることがある。中学・高校に進むと、こういう問題が増えてきます。
- なぜその公式が成り立つのか
- 何を示せば「証明した」と言えるのか
- 条件は何を意味しているのか
- 場合分けはなぜ必要なのか
ここで急に手が止まる子がいます。なぜなら、これらは
センスではなく、論理だからです。数学が得意な子は、派手さはありません。むしろ地味です。
- 教科書をじっくり読む
- 定義を気にする
- 条件の意味を考える
- 「何を示せば解けたことになるか」を考える
- 証明や説明が好き
いわば、
思考の筋道を作るのが得意なタイプ
です。
テストの点だけ見ると、最初は算数タイプの子に負けることもあります。でも、学年が上がるほど、このタイプが強くなります。
実は、僕も「算数のセンス」はありませんでした
「たぶんここに補助線」という感覚はありませんでした。要領も良くありませんでした。
でも、高校生の頃に塾で数学を教え始めてから変わりました。教科書を「説明できるレベル」まで読み込んだときに、世界が変わりました。
- この条件って、こういう意味なんだ
- この公式は、こう考えると自然なんだ
- この問題は、ここを示せば終わりなんだ
と見えるようになりました。
数学は、難しくなるほど「センス」がいらなくなる
数学は、レベルが上がるほど「センス」とは別の力が求められます。
そして逆に言えば、レベルが上がるほど、そのセンスは必要なくなっていきます。
なぜ、私は数学が好きなのか
理由はとてもシンプルです。
誰でも理解できるようになる教科だからです。
センスのある人にしか解けない問題なんて、正直おもしろくありません。白けてしまいます。
でも数学は違います。感覚では解けなくなり、同時に、感覚がなくても解ける教科になっていきます。
「数学ってセンス必要ですよね?」という誤解
そう見える気持ちは、すごくよくわかります。
でも実は、
どこかに、これまでの理解の欠けが潜んでいる
だけのことがほとんどです。
本当に難しいのは、「どこがわからないかが、わからない」こと
「ここがわからない」と言えない子が多いです。それがわかるくらいなら、そもそも困っていません。どこでつまずいたのか。何の理解が抜けているのか。どの条件の意味を取り違えているのか。
これを自分で見つけるのは、とても難しいのです。
塾の仕事は、教えることではない
塾の本当の仕事は、
どこがわからなくなっているのかを見つけ出すこと
です。
一人ひとりのノートを見て、一人ひとりの思考の流れを聞いて、一人ひとりの「勘違い」を見つける。ここにこそ、個別指導の価値があります。
数学は、才能の教科ではない
数学は、才能がある人のための教科ではありません。
理解を積み上げた人が、確実に強くなる教科
だから僕は、数学が好きなのです。


Contact