金融教育

高校生でも金融教育が行われる時代になりました。僕自身も教員やっていたときに、学校で外部の銀行員の方が授業をしている場面を見たことがあります。

内容としては、

「老後に備えてお金を蓄えましょう」
「ただ貯金するのではなく、しっかり投資をしましょう」

といったものでした。もちろん、投資そのものを否定したいわけではありません。

ですが、そのとき僕は少し違和感を覚えました。

その金融教育が、“お金の不安を煽ること”に見えてしまいました。

「2000万円必要」
「老後が危ない」
「投資しないと損をする」

そんな言葉ばかりが先行してしまうと、
いつの間にか

“お金がないと幸せになれない”

という価値観になってしまう気がしたのです。

自分は塾を運営しておいて言うのもあれですが、購買を煽るような情報があまり好きではありません。SNSを開けば、ブランドを纏ったモデルの広告が流れ、

塾業界では歩けば、

「中学受験をしないと…」
「小学4年生から始めないと遅い…」
「周りはもう始めている…」

そんな、焦燥感を叩きつけるような言葉が並んでいます。もちろん、全部が間違いだとは思いません。

でも僕が子どもの頃は、ここまで“不安”を刺激する情報は多くなかったようにも感じます。


それに気づいたのは学校を辞めて、経営やマーケティングの本を読み始めてからでした。

例えば塾業界であれば、

「中学受験をしないと…」
「小学4年生から始めないと遅い…」
「周りはもう始めている…」

といった言葉。

これは、ある意味では非常に効果的なマーケティングです。

人は、「得をする」よりも、

「損をしたくない」
「置いていかれたくない」

という感情の方が強く動くからです。

いわゆる、ネガティブ・アプローチと呼ばれるものです。

そして“売る側”の視点を知ってから、
世の中には、こういう情報が想像以上に溢れていることに気づきました。


金融教育では、カリキュラムの都合上、家庭科の中に半ば無理やり組み込まれた経緯もあり、
外部講師を招いて授業をすることがあります。

例えば、

  • FP
  • 銀行員
  • 保険会社

などです。

当然、話す人の“立場”は内容に出ます。

例えば、普段は株式投資に携わってる立場であれば

「上場株式の利益には本来20.315%の税金がかかるが、NISAなら非課税」
「S&P500などに長期分散投資すれば、貯金より複利の効果で大きなリターンが期待できる」
「暴落リスクはゼロではないが、長期で見ればかなり低い」

という話。正直、僕もその意見には賛成する部分はかなりあります。


ピケティの
「r > g」
という有名な不等式があります。

これは簡単に言えば、

“資本によって増えるお金”
の方が、
“労働によって社会全体が成長するスピード”
よりも大きくなりやすい、

という意味です。

つまり、「働くより投資をした方が儲かる」

という話として紹介されることも多いです。

確かに、数字だけ見ればそう感じるかもしれません。

例えば、10億円の資産を持っている人が、年7%で運用できたとします。

1000000000×0.07 = 70000000

それだけで、年間7000万円です。

しかも、その利益をさらに再投資すれば、複利によって資産はさらに増えていきます。

そう考えると、

「働くより投資をした方がいい」

という考え方が出てくるのも自然です。

僕は投資を“夢のシステム”だとは思っていません。莫大な利益を生み出している人たちは、そもそも“持っている量”が違うからです。元本が大きい人ほど、複利の恩恵も大きい。

つまり投資というのは、ある意味では“すでに持っている人がさらに強くなるシステム”でもあります。そして何かを生み出すわけではありません。


もちろん、NISA自体を否定したいわけではありません。長期積立や分散投資は、かなり合理的な考え方だと思います。何も考えずに銀行の口座に貯金するよりはいいと思っています。

ただ最近、「NISA貧乏」なんて言葉もあるそうです。

使えるお金まで全て投資へ回してしまい、

  • 旅行もしない
  • 体験もしない
  • 人とも会わない
  • 好きなことにも使わない

ただ将来のためだけに、今を削り続ける。でも、幸せになるためにお金を貯めているのにその結果、何も感動のない毎日になってしまったら、それは本末転倒なんじゃないかなと思うのです。


だから僕は、これからの子どもたちに本当に必要なのは、

「投資をしましょう」よりも、

“自分にとって何が価値なのか”

を見極める力なんじゃないかと思っています。価格と価値は違います。

例えば、
僕は高級時計に全く興味がありません。

だから、
30万円の時計に価値を感じません。

一方で、
僕はジンギスカンが大好きです。

鉄板の上で、ジュウジュウと音を立てながら焼けていく羊肉。

少し濃いめのタレの匂い。野菜に染み込んだ脂。

あの時間がかなり好きです。

毎日食べるには少し贅沢ですが、
僕はこれを食べるために日々頑張っていると言っても過言ではありません。

人によっては、
「ただの肉じゃん」
と思うかもしれません。

でも、僕にとっては、かなり価値の高い時間です。

逆に、
誰かにとって価値のある高級時計も、
僕にはそこまで響かない。

つまり、
価格と価値は一致しません。そしてこれは人によって違います。

でも多くの人は、

「価格が高い = 価値が高い」

と思い込み、
その結果、
苦しくなっているようにも見えます。

高校生ぐらいになると、

  • 高級車
  • ブランド
  • 高い時計
  • 綺麗な服

などに憧れる人も増えます。

でも、
「他人からどう見えるか」

「自分が幸せか」
は、必ずしも一致しません。

これは大人でも同じです。


データでは、年収800万円程度までは、収入に応じて幸福度が上がるとも言われています。

もちろん、最低限の生活水準は大切です。

でも僕は、

“モノがないこと”

そのものが不幸なのではなく、

“これがあれば幸せになれるはずだ”

という終わりのない欲望こそが、
人を不幸にしている部分もあると思っています。


食糧不足になれば、
お金があってもモノは手に入らないかもしれません。

鬱になれば、
お金があっても人生を楽しめないかもしれません。

少子化が進めば、
お金があっても介護を受けられないかもしれません。

だから本当に大事なのは、

「いくら持っているか」

だけではなく、

“どういう状態なら自分は幸せなのか”

を知ることなんじゃないかと思っています。

評判のいい服を着たい。
評判のいい大学へ行きたい。
評判のいい会社に入りたい。

それは、本当に自分の内側から出てきたものなのか。

そういうことを自分なら金融教育の中で話したいなと思っています。

お金と教育の相談室シード 代表 加藤祐太

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