小さい頃ドラえもんがとても好きでした。
当時はこんなヒミツ道具があったらいいなあみたいに思って見ていました。
大人の目線で見ても、
- 科学技術は人を幸せにするのか
- 便利さとは何か
- 人間らしさとは何か
みたいな、とても壮大なテーマを描いています。
しかも、それを子どもでも理解できる形に落とし込んでいる。
夢のような作品だと思います。
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例えば「オコノミボックス」。
四角いものなら何にでもなる道具です。
テレビになったり、
レコードプレーヤーになったり、
インスタントカメラになったりする。
今思うと、ほぼスマホですよね。
スマホ一台で、
- 動画を見る
- 音楽を聴く
- 写真を撮る
- 調べ物をする
- 人と連絡を取る
全部できてしまいます。
ドラえもんは未来の夢の話だと思っていましたが、気づけば僕たちはかなりその世界に近づいているのかもしれません。
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ただ、もし本当にドラえもんの道具を一つもらえるとして、「何が欲しいですか?」と聞かれると、意外と難しいです。
どこでもドア。
タイムマシン。
もしもボックス。
確かに便利です。
でも、あまりに世界を自由に変えられる力を持ってしまうと、人は生きる意味を見失う気がします。
旅行だって、遠い場所へ時間をかけて行くから感動があります。
会えない時間があるから、人に会う価値があります。
失敗を取り戻せないから、人生は真剣になります。
限りのある命だから、「今」を大事にできるのだと思います。
全部自由になったら、逆に何も感じなくなるのではないでしょうか。
ドラえもんは夢のある作品ですが、同時に「便利すぎる力」の怖さも描いていた気がします。
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だから僕が欲しい道具は、チート級のものではなく、「ちょっと便利」ぐらいのものです。
一つは「タイムテレビ」。
大地を歩く恐竜の姿。
ペリーが来航した頃の江戸の風景。
戦後すぐの日本の街並み。
教科書の文字ではなく、「当時の空気」を見てみたい。
歴史って、知識として覚えるより、その時代を生きていた人の表情や空気感を感じる方が、圧倒的に面白いと思うんです。
今でもYouTubeなどで昔の映像を見ることはできます。
でも、それは録画技術が発展した後の時代だけです。
だからこそ、「人類がまだ見ることのできない過去」を見られるタイムテレビには、ロマンがある気がします。
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もう一つは「ほんやくコンニャク」です。
実は僕は、そこまで言語学習が得意ではありません。
でも、僕はできるだけノータイムで相手と意思疎通したいと思っています。
言語はもちろん大切です。
ただ、僕にとっては「目的」というより、「情報を伝えるための手段」に近い感覚があります。
実際、今でもスマホで似たようなことはできます。
翻訳アプリを使えば、ある程度は会話できます。
ただ、
- マイクがうまく拾わなかったり
- 微妙なニュアンスが伝わらなかったり
- 少しテンポが悪かったり
まだちょっと不便です。
だからこそ、「ほんやくコンニャク」ぐらいの便利さがいいなと思います。
世界そのものを変える力ではなく、人との距離を少し縮めてくれる程度の技術。
そのくらいが、人間にはちょうどいいのかもしれません。


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