算数→数学へ

最近、「算数を数学に名称統一するかどうか」というニュースを見ました。
https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20260417-GYT1T00318/

元数学教員で、現在は理数特化塾を運営している立場からすると……正直、名前自体はそこまで本質ではないと思っています。

たとえばの話

「小学校では “かけられる数×かける数” という順序を重視していたのに、中学以降では交換法則から順序を本質的に区別しなくなる。ただ小学校から中学数学に従った教え方にします!」

みたいな、“考え方そのもの”を議論するなら意味はあると思います。ただ、「算数」という名前を「数学」に変えたところで、本質が大きく変わるかというと、僕はかなり疑問です。

そもそも算数というのは、現実を記述するための言語だと思っています。そして数学というのは、抽象概念を積み上げて、お城を建てていくような世界です。

では、中学校でやっていることは本当に“数学”なのでしょうか。

図形では、身の回りの立体や空間を扱う。
相似や三平方も、現実世界の長さや距離につながっている。

関数も、
一次関数は等速直線運動の x-t グラフそのものですし、
二次関数も等加速度運動と深く結びついています。

正負の数だって、
「マイナス」という概念は北海道の気温を見れば普通に存在しています。

つまり、中学数学というのは、
抽象数学というより「現実を整理するための高度な算数」の延長線上にあるように、僕には感じられます。

ただ逆に言えば、
そこに中学数学の面白さがあるとも思っています。

虚数 i が出てくる高校数学のように現実から離れすぎていない。

一方で、算数のように
「りんごが3個あります」
だけで終わるわけでもない。

“現実を記述するための一工夫”
が入ってくる。

これが中学数学の魅力だと思っています。

例えば、
中学受験で出てくるような「感覚」や「ひらめき」に頼っていた問題が、

文字を置くだけで整理できたり、
図形が相似で一瞬で見えたり、
関数として表現した瞬間に全体像が見えたりする。

「難しい問題を、シンプルに記述できてしまう」

そこに数学の美しさがあると思います。

でも実際の学校現場では、
定期テストがあり、高校入試があり、

いつの間にか

「なぜ学ぶのか」

よりも、

「どう点数を取るか」

が中心になってしまう。

すると、
本来は“現実を理解するための言語”だったものが、

ただの解法暗記ゲームになってしまう。

だから、
子どもたちは“数学”になった瞬間に嫌いになるのではなく、

「現実とのつながり」

や、

「便利さや美しさ」

が見えなくなっているだけなのではないか。

そんなことを思っています。

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