「アルバイトは禁止です。」
いろいろな学校と関わってきましたが、完全禁止の学校は昔より減った気がします。とはいえ、「原則禁止」「学校の許可があればOK」という学校は、今でも珍しくありません。でも、僕は教員だった頃からずっと疑問でした。
なんで学校が許可を出す必要があるんだろう。
そして正直に言うと、僕は嫌です。理由はシンプル。
めんどくさいからです。
もちろん生徒が嫌とかではありません。ルールを作る以上、それを管理する責任が生まれます。
例えばスマホ禁止なら、見つけたら注意しなければいけないし、取り締まらなければいけない。
アルバイトも同じです。許可を出した以上、「どこで働いているのか」「学業に影響はないか」「何かトラブルがあったらどうするのか」。
学校がそこまで管理しなければならなくなります。高校生相手に、そこまで学校が背負う必要があるのでしょうか。
僕はそうは思いません。
そもそもアルバイトをするかどうかなんて、本人と家庭が決める話です。もちろん、深夜のアルバイトや高校生にとって明らかに好ましくない仕事まで認めるべきだと言いたいわけではありません。でも、そこはそもそも学校の校則で縛る話なのでしょうか。
18歳未満は労働基準法で午後10時から午前5時までの深夜労働が禁止されていますし、危険な業務についても法律で制限されています。つまり、「高校生を危険な働き方から守る」という最低限のルールは、すでに法律で定められているのです。その上で、さらに学校が一律に「原則禁止」「許可制」とする必要が本当にあるのか。
僕はそこに疑問を感じています。そして僕は、高校生がすべき勉強は学校の中だけにあるとは思っていません。
最近よく「ナナメの関係」という言葉があります。親や先生のような縦の関係でもなく、友達のような横の関係でもない。
部活の先輩だったり、地域の大人だったり、アルバイト先の店長だったり。
そういう人との関わりです。
親や先生に何度言われても響かなかったことが、バイト先の店長に一言言われてハッとする。そんな経験って、意外とありますよね。
どうせ僕たちは、いつか働きます。
だったら高校生のうちに、
「自分は接客が向いているのか。」
「人と話す仕事が好きなのか。」
「責任を持つことは苦じゃないのか。」
そんなことを知る経験があってもいいと思うんです。経験に勝る座学なんてありません。
高校卒業後は、大学ならまだ方向転換できますが、専門学校などは進路がかなり具体的になります。
もし「向いていなかった」と気付いても、「ここまで学費も時間もかけたんだから続けなきゃ」と思ってしまう。
行動経済学でいうサンクコストです。だからこそ、高校生のうちに社会を知ることには意味があります。
もちろん、勉強は大事です。義務教育の範囲内の教養は身につけるべきでしょう。でも、大学受験のためだけの勉強が人生のすべてではありません。
高校生が地域で働き、大人と出会い、お金を稼ぐ大変さを知る。それも立派な教育です。
だから僕は、「学校がアルバイトを許可するかどうか」を考えるより、「高校生が安心して社会経験を積める環境をどう作るか」を考えた方が、よほど教育的なんじゃないかと思っています。


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